怒り・イライラと瞑想 — 怒りを消さずに、怒りに気づく

効果・目的別

瞑想は、怒りをなくす方法ではありません。怒りが起きた瞬間に、起きたことに気づく力を育てる方法です。
気づけると、怒りと行動の間に、わずかな隙間ができます。その隙間が、言わずに済む言葉、せずに済む行動を減らします。
研究では、瞑想のプログラムが感情の調整に関わるという報告がありますが、怒りの問題が生活を壊している場合は、医療や専門家に相談してください。

怒りに対して瞑想は何をするのか

「怒りっぽいのを瞑想で直したい」「イライラが減ると聞いた」。こうした動機で瞑想を始める方は多いのですが、最初に、瞑想が怒りに対してできることと、できないことを分けておきます。

瞑想は、怒りの原因を取り除きません。無神経な一言、理不尽な扱い、思い通りにならない家族、渋滞、遅延。これらは、座ったからといって消えません。瞑想が働きかけるのは、原因ではなく、怒りが起きてから行動に移るまでの、短い時間のほうです。

怒りは、たいてい一瞬で立ち上がります。胸が熱くなり、肩が上がり、呼吸が浅くなり、言葉が口から出る。この間、ほとんど自動です。瞑想は、この自動の流れのどこかに、「今、怒っているな」という気づきを差し込む練習です。気づきが差し込まれると、流れは一瞬止まります。その一瞬が、言う・言わない、する・しない、を選ぶ余地になります。

怒りを感じなくなるのではありません。怒りに飲み込まれて動く回数が、少しずつ減っていく。瞑想が怒りに対して行うのは、それだけです。それだけですが、人生後半の人間関係には、それが大きく効いてくると私は思っています。

怒りはどこに現れるか — 体で気づく

怒りに気づく、と言っても、頭で「私は怒っている」と考えるのは難しいものです。怒りの最中、頭は相手の非を数えることで忙しいからです。

気づきやすいのは、体です。怒りは、考えより先に体に現れます。

  • 胸や顔が熱くなる。
  • 肩や首に力が入る。歯を食いしばる。
  • 呼吸が浅く、速くなる。
  • 心臓が速く打つ。
  • 手に力が入る。声が大きくなる。

瞑想で座っているとき、私たちは体の感覚に注意を向ける練習をしています。息の出入り、肩の力、胸の動き。この練習を続けていると、日常のなかで、体の変化に気づく速さが上がります。「あ、肩が上がった」「息が浅い」。この体への気づきが、怒りへの気づきの入口になります。

怒りの考えを止めようとするのではなく、体の変化を見つける。順序が逆だと、たいていうまくいきません。

怒っているときの瞑想のやり方

怒りが収まらないとき、イライラが続いているときの座り方を、手順で書きます。基本の瞑想と同じです。

  1. 椅子か床に座り、背骨を自然に立てます(瞑想の正しい姿勢 — 椅子でも床でも)。
  2. 目は閉じるか、半分開けます。怒りで頭が騒がしいときは、開けたほうが落ち着きやすい場合があります。
  3. 吐く息に合わせて、一から十まで数えます。数息観(すそくかん・息を数える瞑想)です(瞑想の呼吸法 — 数息観から始める)。
  4. 怒りの相手や出来事が浮かんできたら、消そうとせず、「考えていたな」と気づいて、息に戻ります。
  5. 体のどこかに力が入っていることに気づいたら、無理にゆるめようとせず、「力が入っているな」と気づくだけにします。
  6. 10分たったら、一度深く息をして、目を開けます。

怒っているときの瞑想は、雑念の嵐になります。相手の言葉が繰り返し浮かび、言い返す台詞が組み上がり、「あのときこう言えばよかった」が延々と続きます。これは失敗ではありません。嵐のなかで、一度でも「考えていた」と気づいて戻れたなら、それが瞑想です。

一つだけ注意があります。座っている間に、怒りの決着をつけようとしないでください。「相手が悪い」「私が悪い」「どう言い返すか」。これらは、座った後、落ち着いた頭で考えればよいことです。瞑想の時間は、決着ではなく、距離をつくる時間です。

日常で使う — 一呼吸の隙間

座る瞑想で育てた気づきは、日常の怒りの場面で使えます。

苛立ちが立ち上がった瞬間に、一度だけ、長く息を吐く。それだけです。言い返す前に、吐く。メールを送る前に、吐く。声を荒らげる前に、吐く。一呼吸の間に、怒りそのものは消えませんが、自動の流れが一瞬途切れます。その一瞬で、言葉を選び直せることがあります。

もう一つ、場を離れるという方法があります。怒りが強いときは、その場で呼吸を整えるより、席を立って、水を飲み、数分歩くほうが、体の興奮が下がりやすい。瞑想は、座ることだけを指しません。歩きながら息に注意を向けるのも瞑想です(歩く瞑想のやり方)。

こうした短い対処は、座る瞑想を毎日続けていると、使いやすくなります。座る瞑想が土台で、日常の一呼吸がその応用です。土台なしに応用だけを使おうとすると、怒りの最中に思い出せません。

怒りの奥にあるもの

瞑想を続けていると、怒りの奥に、別のものが見えてくることがあります。

怒りは、多くの場合、二番目に出てくる感情です。先に、傷ついた、怖かった、不安だった、認められなかった、思い通りにならなかった、という感情がある。それが痛いので、怒りに変えて外に出す。怒りのほうが、傷つきや不安より、自分を強く感じられるからです。

座って、怒りの考えを流しているうちに、「本当は、寂しかったのかもしれない」「怖かったのかもしれない」と気づく瞬間があります。この気づきは、怒りを消しませんが、怒りの質を変えます。相手を責める怒りから、自分の痛みを認める方向へ。人生後半、家族や長年の友人との関係で起きる怒りには、こうした奥の感情が隠れていることが多いと、私は思っています。

ただし、この気づきは、追いかけて得るものではありません。座っているうちに、向こうから来ることがある、という程度です。「怒りの奥を探ろう」と座ると、分析が始まり、瞑想ではなくなります。

研究が示していること、医療に委ねる線

瞑想と感情の関係については、研究の蓄積があります。

2015年に Nature Reviews Neuroscience に発表された総説(Tang・Hölzel・Posner による)では、瞑想が注意の制御、感情の調整、自己への気づきに関わる脳の働きに影響を与えることが示唆されています。感情の調整とは、感情に飲み込まれずに、感情を扱う働きのことで、怒りの扱いにも関わる領域です。ただし、この総説は、研究の方法上の限界も述べています。

また、2014年に JAMA Internal Medicine に発表されたメタ分析(Goyal らによる)では、瞑想のプログラムが不安や抑うつに中程度の効果を示したと報告されています。怒りそのものを主な対象にした研究は限られており、「瞑想で怒りが減る」と言い切れる段階ではありません。

次のような場合は、瞑想で何とかしようとせず、医療や専門家に相談してください。

  • 怒りで物を壊す、人を傷つける、仕事や家庭を失いそうになっている。
  • 怒りの後に、強い落ち込みや自己嫌悪が続く。
  • 怒りが収まらず、眠れない、食べられない。
  • 怒りの背景に、過去のつらい体験の記憶がある。

怒りの問題が生活を壊しているとき、瞑想は治療の代わりにはなりません。医療と並行して、日々を整える道具として使うものです。

仏教は怒りをどう見てきたか

仏教は、怒りを、人を苦しめる三つの根本の一つに数えました。三毒(さんどく)と呼ばれる、貪(とん・むさぼり)、瞋(じん・いかり)、癡(ち・おろかさ)の、瞋です。

瞋は、思い通りにならないものを拒む心の動きです。仏教の見方では、怒りの苦しみは、出来事そのものより、「こうあるべきだ」「こうあってほしくない」という拒みから生じます。拒みが強いほど、怒りは激しく、長く続きます。

仏教の瞑想が怒りに対して行ってきたことは、怒りを抑え込むことでも、怒りを正当化することでもありませんでした。怒りが起きたことに気づき、怒りの正体(拒み)を見て、少しゆるめる。これだけです。上座部の伝統には、怒りに対して慈悲の心を育てる瞑想(メッタ)があり、自分や他者の幸せを願う言葉を繰り返します(慈悲の瞑想(メッタ)とは)。怒りの相手に慈悲を向けるのは難しいので、まず自分に、次に大切な人に、と順を追います。

密教の見方も一つ添えておきます。密教には、怒りの形をした仏、明王(みょうおう)がいます。不動明王がその代表です。怒りの姿をしているのは、怒りそのものを否定するのではなく、怒りの力を、迷いを断つ方向に向け直すという考えがあるからです。怒りは、使い方次第で、人を傷つける刃にも、不正や理不尽に立ち向かう力にもなる。密教は、怒りを消すのではなく、向きを変える、という見方を持っています。これは密教だけの発想ではなく、怒りを「悪」と切り捨てずに、その中身を見る姿勢は、仏教の瞑想に共通していると私は思っています。

康照から、ひとこと

私は、怒らなくなったわけではありません。
今でも、思い通りにならないことに、胸が熱くなります。
変わったのは、熱くなったことに、少し早く気づくようになったことです。
気づいて、一度、息を吐く。
それでも言ってしまう日もあります。
怒りをなくすことが目標ではないのではないでしょうか。むしろ、怒ったまま、一呼吸置ける自分になることのほうが、現実的だと思っています。
人生後半の怒りは、たいてい、大切な人に向きます。
一呼吸が、その人との残りの時間を、少し守ってくれるかもしれません。

よくある質問

瞑想すればイライラしなくなりますか

しなくなるわけではありません。イライラが起きたことに、少し早く気づけるようになります。気づけると、イライラのまま言葉や行動に移る回数が減っていきます。研究でも、瞑想が感情の調整に関わることは示唆されていますが、怒りが消えることを示すものではありません。

怒っている最中に瞑想できますか

座る瞑想は難しいことが多いです。その場では、一度長く息を吐く、席を立って数分歩く、といった短い対処のほうが現実的です。座る瞑想は、落ち着いてから、あるいは毎日の習慣として行い、その土台が日常の一呼吸を支えます。

瞑想中に怒りの相手のことばかり考えてしまいます

それでかまいません。考えていたことに気づいて、息に戻ってください。何度でも戻ります。座っている間に相手との決着をつけようとしないことだけ、気をつけてください。

怒りを抑え込むのは体に悪いと聞きました。瞑想は抑え込むことになりませんか

瞑想は、怒りを抑え込む練習ではありません。怒りが起きたことを認めて、気づく練習です。「怒っているな」と認めることは、抑え込むことの反対です。認めたうえで、どう行動するかを選ぶ余地をつくります。

怒りで家族を傷つけてしまいます。瞑想で直りますか

瞑想は助けになる場合がありますが、怒りが家族や生活を壊しているときは、瞑想だけで対処しようとせず、医療や専門家に相談してください。瞑想は、その上で、日々を整える道具として使ってください。

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参考文献

  • Tang, Y.-Y., Hölzel, B. K., & Posner, M. I. (2015). The neuroscience of mindfulness meditation. Nature Reviews Neuroscience, 16(4), 213–225.
  • Goyal, M. et al. (2014). Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Internal Medicine, 174(3), 357–368.