このサイトの全ページを書き、監修しているのは、瞑想指導者・瞑想研究者の康照(こうしょう)です。
若いころから修行してきた人間ではなく、人生の前半を飲食業と市議会議員として生き、50歳で心臓手術から生還したのを機に、僧侶の道を選びました。
瞑想を「宗教の儀式」ではなく「人生の後半を整える実践」として、あらゆる瞑想法を平等に扱いながら、現代の言葉で伝えています。
このサイトでの立場
このサイトでは、真言宗の僧侶という立場ではなく、一人の瞑想指導者・瞑想研究者として書いています。ヨガ、マインドフルネス、禅、ヴィパッサナー、超越瞑想、密教の観法など、あらゆる瞑想法を平等に扱い、特定の宗派や流派を土台にしません。下に挙げる肩書きは事実としてのものであり、「だから私の言うことが正しい」という根拠として用いることはありません。著者欄の表記は「康照(瞑想指導者・瞑想研究者)」で統一しています。
表示名と肩書き
- 表示名:康照(こうしょう)
- 著者欄表記:康照(瞑想指導者・瞑想研究者)
- 一行紹介:後悔のない生き方を説く僧侶
- 肩書き:
- 僧侶(真言宗 阿闍梨)
- 宗教法人 明勝寺 春日部教会・心照寺 春日部道場
- 一般社団法人 仏教補完代替医療機構(京都市)理事長
- 公益財団法人 日本生涯学習協議会 認定講師
- 引き寄せ瞑想法®考案者
- 棺桶瞑想®考案者
- ビジョンムービー®開発者
阿闍梨(あじゃり)とは、密教で伝法灌頂を受け、弟子を導く資格を持つ僧侶のことです。寺院での活動、SNS、動画のすべてで「康照」の名だけを使っています。
経歴
私は20代から飲食業に携わりました。売上と向き合う日々でした。39歳のとき市議会議員になり、50歳まで務めました。人の陳情を聞き、調整し、議会で発言し、選挙で問われる仕事です。
50歳で議員を引退した年に、心臓の手術を受けました。手術は無事に終わり、私は生還しました。そのとき、「生き残ったこの先を、どう生きるのか」という問いが、初めて本気で自分のものになりました。その問いに向き合うなかで、僧侶の道を選びました。真言宗で得度し、修行を経て、阿闍梨となりました。
いまは、埼玉県春日部市の心照寺を拠点に、葬儀や法要を務め、瞑想の講義を行い、春日部道場で働きながら真言宗の僧侶になる僧侶養成を行っています。一般社団法人 仏教補完代替医療機構では、各種の瞑想法の研究や講義を行っています。66歳です。
この経歴を書く理由は一つです。私は、人生の前半を、売上と票と評価の世界で生きてきた人間です。頑張れば報われる、足りなければ負ける、という世界です。瞑想を50歳を過ぎてから始めた私の瞑想観は、長い修行の中から生まれたものというより、その経験と、生還の経験の中から生まれたものです。このサイトの読者として思い描いているのが、人生の後半を整えたい50代以降の方であるのも、そのためです。
毎日の実践
私自身の瞑想は、短い日は10分、長い日は60分です。朝または夜に座ります。行うのはサマタ瞑想(止。心を一つの対象に留める瞑想)が多く、呼吸を数える数息観から入ります。姿勢は、結跏趺坐でも半跏坐でも椅子でもよいと考えており、その日の体で決めます。目は、行う瞑想によって、閉じることも、半眼にすることも、開けることもあります。
雑念は消そうとせず、流します。眠気が強いときは目を開けて座ります。体が揺れたら、中心(体の軸)を意識して止めます。涙が出たら、拭いてもいいし、拭かなくてもいい。このサイトで基本として勧めている方法は、私が自分の座り方として行っていることを土台にしています。
阿字観は、阿闍梨として知っていますが、道場で一般の方に指導してはいません。このサイトでも、阿字観は数ある瞑想法の一つとして、他の瞑想法と同じ重さで扱っています。
瞑想観 — 後悔のない生き方、還る道、頑張るより、整える。
私が一貫して語っているテーマは、「後悔のない生き方」です。葬儀や法要の場で多くのご家族と向き合うなかで、「もっと早く向き合えばよかった」という静かな後悔を、何度も見てきました。死を見つめることは、生を縮める行為ではなく、いま生きていることを取り戻す入口になる。それが、私の瞑想観の中心にあります。
人生の前半は、積み上げる時間です。後半は、本来の自分へ還っていく時間だと、私は思っています。これを「還る道」と呼んでいます。瞑想は、その道を歩くための実践です。
もう一つの言葉が、「頑張るより、整える。」です。成果を積み上げる構えを、体と心と暮らしを整える構えに持ち替えること。瞑想は、信仰がなくても取り組める、そのための具体的な方法だと考えています。これらの瞑想観は 瞑想と後悔のない生き方 — 康照の瞑想観 に詳しく書いています。
密教と現代物理学の世界観の間に対話できる接点があることにも関心を持っていますが、それは「世界観の対話」であって、科学的な断定ではありません。
考案した実践・関わる体系
このサイトには、私が考案した実践と、私が関わる体系の名前が出てきます。それぞれの正本で説明しますので、ここでは名称と一行だけ記します。
- 引き寄せ瞑想法®:私が考案した瞑想法。商標登録済み。→ 引き寄せ瞑想法とは — 考案の経緯と原理
- 棺桶瞑想®:死を見つめて生を取り戻す実践。商標登録済み。→ 棺桶瞑想とは — 死を見つめて生を取り戻す
- 即身調律瞑想:即身成仏と調律を合わせた造語。身体・心・人生の三層を整える。→ 即身調律瞑想とは — 頑張るより、整える
このサイトでの役割
このサイトの全ページは、私が書き、監修しています。研究に触れる箇所は一次資料を示し、医療の効果を断定しないこと、他の流派を貶さないこと、伝授に属する行法の次第を書かないこと、本文は瞑想の解説を主とし、私自身の講座は該当するページで事実として案内し、他の団体や講師の講座は記載しないことを、編集方針として定めています。詳しくは 編集方針 — このサイトが守ること をご覧ください。
康照から、ひとこと
私は、立派な修行者ではありません。
人生の前半を、売上と票の世界で生きてきました。
50歳で心臓の手術を受けて、生き残りました。
そこから、座ることを始めました。
だから、このサイトに書いてあることは、
悟った人の言葉ではなく、
途中で立ち止まった人が、
短い日は10分だけでも、座り続けて分かったことです。
「私には向いていないのかもしれない」と思っている方へ。
私も、そう思いながら座っています。
それでいいのではないでしょうか。
発信している場所
- YouTube:https://www.youtube.com/@kosho-s
- Instagram:https://www.instagram.com/kosho_sakae
- TikTok:https://www.tiktok.com/@kosho344
- note:https://note.com/1kosho
- 心照寺 春日部道場の公式サイト:https://dojo.1kosho.com/
お問い合わせ
このサイトの内容についてのご質問、誤りのご指摘は、mail@1kosho.com までお寄せください。誤りと分かったものは、確認のうえ訂正します。訂正の方針は 編集方針 — このサイトが守ること に記しています。
よくある質問
康照さんは、どの宗派の僧侶ですか
真言宗の僧侶で、阿闍梨です。ただし、このサイトは僧侶の立場で書いているのではなく、一人の瞑想指導者・瞑想研究者として書いています。真言宗や密教の瞑想を他より上に置くことはせず、数ある瞑想法の一つとして、同じ重さで扱っています。→ 仏教の瞑想 — 止観・禅・密教の違い
瞑想を教わるには、どうすればいいですか
まずは 瞑想の始め方 — 初日にやること から、一人で10分座ってみてください。私の講座については、該当するページで案内しています。人に見てもらう場を探すときの目安は 瞑想の資格は意味があるか と 瞑想アプリは使うべきか に書いています。
信仰がなくても、このサイトの瞑想はできますか
できます。このサイトで勧めている瞑想は、信仰を前提にしていません。→ 瞑想は宗教か — 信仰がなくてもできるか


