瞑想は、ストレスそのものを消す方法ではありません。ストレスへの反応との間に、少し距離をつくる方法です。
研究では、瞑想のプログラムが心理的なストレスや不安に中程度の効果を示したという報告があります。ただし、医療の代わりにはなりません。
やり方は、座って、息を数えて、反応に気づく。それだけです。
ストレスに対して瞑想は何をするのか
「ストレスに瞑想がいい」とよく言われます。これは半分正しく、半分は誤解を招きます。
瞑想は、ストレスの原因を取り除きません。仕事の忙しさ、人間関係の摩擦、家族の心配、体の不調。これらは、座ったからといって消えません。瞑想が働きかけるのは、ストレスの原因ではなく、ストレスに対する「反応」のほうです。
ストレスを感じるとき、私たちの中では二つのことが起きています。一つは出来事そのもの。もう一つは、出来事に対する心身の反応です。胸が締めつけられる、頭が熱くなる、考えが同じところをぐるぐる回る、体に力が入る。瞑想は、この反応のほうに、気づく力を育てます。
反応に気づけると、反応と自分の間に、わずかな隙間が生まれます。「ああ、今、胸が締めつけられているな」と気づく。気づいた瞬間、反応に飲み込まれている状態から、反応を眺めている状態に移ります。この隙間が、瞑想がストレスに対してもたらすものです。
研究が示していること、示していないこと
瞑想とストレスの関係については、研究の蓄積があります。ただし、その範囲は限られており、過度な期待は避けてください。
2014年に JAMA Internal Medicine に発表されたメタ分析(Goyal らによる、複数の臨床研究をまとめて検討したもの)では、マインドフルネス瞑想のプログラムが、不安、抑うつ、痛みに対して中程度の効果を示したと報告されています。同時に、この分析は、気分や注意、睡眠など他の項目については十分な証拠がないこと、また研究の質にばらつきがあることも指摘しています。
また、2015年に Nature Reviews Neuroscience に発表された総説(Tang・Hölzel・Posner による)では、瞑想が注意の制御、感情の調整、自己への気づきに関わる脳の働きに影響を与えることが示唆されています。ストレス反応の調整に関わる領域についての知見も紹介されていますが、研究の方法上の限界も述べられています。
ここから言えることは、次の通りです。
- 瞑想のプログラムが、心理的なストレスや不安を和らげる方向に働くという報告がある。
- 効果の程度は「中程度」であり、劇的なものではない。
- 効果は人によって異なり、すべての人に同じように現れるわけではない。
- 瞑想は、ストレスに関連する心身の病の治療の代わりにはならない。
ストレスによる不調が強い場合、眠れない日が続く場合、日常生活に支障が出ている場合は、医療機関に相談してください。瞑想は、医療と並行して行うことはできますが、置き換えるものではありません。
ストレスに向き合う瞑想のやり方
ストレスを感じているときの瞑想のやり方を、手順で書きます。特別な方法ではなく、基本の瞑想をそのまま使います。
- 椅子か床に座り、背骨を自然に立てます(瞑想の正しい姿勢 — 椅子でも床でも)。
- 目を閉じるか、半分開けます。
- 吐く息に合わせて、一から十まで数えます。数息観(すそくかん・息を数える瞑想)です(瞑想の呼吸法 — 数息観から始める)。
- ストレスの元になっている考えが浮かんだら、消そうとせず、「考えていたな」と気づいて、息に戻ります。
- 体のどこかに力が入っていることに気づいたら、そこを無理にゆるめようとせず、「力が入っているな」と気づくだけにします。
- 10分たったら、一度深く息をして、目を開けます。
ストレスの強いときほど、雑念は多くなります。「落ち着くために座ったのに、余計に考えてしまう」と感じるかもしれません。しかし、それは失敗ではありません。考えに気づいて戻る、を何度も繰り返すこと自体が、反応との距離をつくる練習です(瞑想中に雑念が消えないとき)。
瞑想中にストレスを「解決」しようとしないでください。解決は、瞑想の後、落ち着いた頭で考えればよいことです。
日常のなかで使う — 気づく練習
座る瞑想に加えて、日常のなかで、ストレス反応に気づく練習ができます。
たとえば、苛立ちを感じた瞬間に、一度だけ息を吐く。会議の前に、三回だけ息を数える。電車の中で、肩に力が入っていることに気づく。こうした短い気づきは、座る瞑想で育てた働きを、日常に持ち出すものです。
座る瞑想を毎日続けていると、この気づきが起きやすくなります。座る瞑想が土台で、日常の気づきがその応用、という関係です。職場での短い瞑想については職場で3分でできる瞑想に書きました。
看護・介護・心理の現場の方へ
人の世話をする仕事、人の話を聴く仕事をしている方は、ストレスが積み重なりやすい立場にあります。相手の苦しみを受け止め続けることで、自分の心が消耗していく。これは弱さではなく、その仕事の性質です。
こうした現場の方に瞑想を勧めるとき、私が大事にしているのは、「頑張るより、整える」という考え方です。もっと頑張って耐えるのではなく、自分の反応に気づき、消耗した心を整える時間を、意識的に持つ。10分の瞑想が、その時間になります。
ただし、ここでも、瞑想は燃え尽きや抑うつの治療ではありません。強い消耗や不調を感じているなら、職場の相談窓口や医療機関を使ってください。瞑想は、その上で、日々を整える道具として使うものです。現場の方向けには看護師・介護職のための瞑想と心理職・カウンセラーと瞑想を書いています。
仏教から見たストレスの正体
仏教は、ストレスという言葉が生まれるはるか前から、人の苦しみの仕組みを見つめてきました。
仏教の見方では、苦しみの多くは、出来事そのものより、出来事に対する「とらわれ」から生じます。思い通りになってほしい、変わってほしくない、こうあるべきだ。こうした願いと現実の間に隙間が生じると、心が苦しむ。これを仏教は「苦(く)」と呼びました。現代語で言えば、ストレスの正体の一部は、この隙間です。
瞑想は、このとらわれを無理に手放すものではありません。とらわれていることに気づく。気づけば、とらわれは少しゆるみます。ゆるんだぶんだけ、苦しみも軽くなる。これが仏教の瞑想が、ストレスに対して行ってきたことです。
密教の観法からは、身(からだ)・口(ことば)・意(こころ)を整える三密(さんみつ)の考え方を、一つの視点として添えます。ストレスは心だけの問題に見えますが、実際には体にも言葉にも現れます。肩が上がり、口調が荒くなり、心が騒ぐ。密教は、この三つを同時に整えます。姿勢を正し、息を整え、心を一点に置く。心だけを何とかしようとするより、体と息から整えるほうが、心は後からついてきます。「頑張るより、整える」は、この順序のことでもあります。
康照から、ひとこと
私は、ストレスをなくそうとしなくていいと思っています。
なくならないからです。
仕事も、家族も、体も、思い通りにはなりません。
瞑想は、それらを消す方法ではありません。むしろ、思い通りにならないものに対して、心がどう反応しているかを、少し離れて眺める方法だと思っています。
眺められたら、それで十分です。
眺めている間、反応は少し静かになります。
頑張って耐えるのではなく、座って、整える。
それが、人生後半のストレスとの付き合い方ではないでしょうか。
よくある質問
瞑想でストレスはなくなりますか
なくなりません。瞑想が働きかけるのはストレスの原因ではなく、ストレスへの反応です。反応に気づく力が育つと、反応に飲み込まれにくくなります。研究でも、瞑想のプログラムが心理的なストレスに中程度の効果を示したという報告はありますが、ストレスの消失を示すものではありません。
ストレスが強いときほど雑念が多くて瞑想になりません
それでも瞑想になっています。雑念に気づいて戻ることが瞑想の中身です。時間を10分、難しければ5分に短くし、目を開けて座ってみてください。
ストレスで眠れない場合も瞑想が助けになりますか
助けになる場合があります。ただし、不眠が続く場合は医療機関に相談してください。瞑想と睡眠については睡眠・不眠と瞑想に書きました。
薬を飲んでいますが、瞑想で代わりにできますか
できません。薬や治療をやめて瞑想に置き換えることは、しないでください。主治医に相談のうえで、治療と並行して行うのであれば構いません。
関連するページ
参考文献
- Goyal, M. et al. (2014). Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Internal Medicine, 174(3), 357–368.
- Tang, Y.-Y., Hölzel, B. K., & Posner, M. I. (2015). The neuroscience of mindfulness meditation. Nature Reviews Neuroscience, 16(4), 213–225.
- Kabat-Zinn, J. (1990). Full Catastrophe Living. Delacorte Press.(マインドフルネスストレス低減法(MBSR)の原典)


