瞑想で願いが叶う、という話は、半分は本当で、半分は誇張だと私は考えています。
本当の半分は、瞑想で心の向きが整うと、注意と行動が変わり、結果が変わる、という部分です。
誇張の半分は、「願えば宇宙が応える」「必ず叶う」という部分で、このページでは、両者を分けて、公平に考えていきます。
「瞑想で引き寄せ」が広まった背景
「引き寄せの法則」という言葉が広く知られるようになったのは、2006年に出た『ザ・シークレット』(ロンダ・バーン)という本と映像がきっかけでした。「思考は現実化する」「望むものに意識を向ければ、それが引き寄せられる」という考え方は、それ以前からニューソート(19世紀アメリカに起こった思想運動)の流れの中にありましたが、この本によって一般に広まりました。
瞑想は、この流れの中で、「引き寄せを強めるための手段」として語られるようになりました。瞑想で心を静め、望むものをありありと思い描く。それを続ければ現実が変わる、という説明です。検索すると、そうした「引き寄せ瞑想」の動画や音声がたくさん見つかります。
私は、こうした流れを頭から否定するつもりはありません。瞑想を始めるきっかけが「引き寄せ」であっても、座る習慣が身につけば、それは良いことです。ただ、瞑想を教え、研究してきた者として、「どこまでが本当で、どこからが誇張か」は、はっきりさせておきたいと思っています。
心理学から見た「引き寄せ」 — 注意の向きと行動の変化
まず、引き寄せと呼ばれている現象のうち、心理学の言葉で説明できる部分を見ていきます。
一つは、注意の向きです。人は、意識を向けているものを、よく目にするようになります。車を買おうと決めた途端、街で同じ車種ばかり目につく、という経験は多くの方にあると思います。世の中の車の数が変わったのではなく、自分の注意が変わったのです。何かを望み、それに注意を向け続けると、関係のある情報、人、機会が、以前より目に入るようになります。これは、引き寄せの最も素朴な、そして確かな部分です。
もう一つは、行動の変化です。望みがはっきりすると、人は、それに向かう小さな行動を無意識に増やします。声をかける、調べる、断らない、出かける。一つ一つは些細な行動ですが、積み重なると、機会に出会う確率は確実に上がります。周囲から見ると「運が良い」ように見える人は、多くの場合、行動の量と方向が違います。
一方で、心理学は、引き寄せの考え方に対する注意も示しています。心理学者ガブリエル・エッティンゲンの研究では、望む未来を肯定的に空想するだけでは、かえって実際の努力や達成が減る傾向が報告されています。空想の中で満足してしまい、現実の行動に向かうエネルギーが落ちる、という説明です。エッティンゲンは、望む未来を思い描いた上で、それを妨げる現実の障害を具体的に考え合わせる方法(メンタル・コントラスティング)を提案しています。つまり、「思い描くだけで叶う」ではなく、「思い描き、障害を見て、動く」ことが、心理学的には効果的だとされています。
まとめると、引き寄せのうち、「注意が変わる」「行動が変わる」という部分は、心理学の言葉で説明がつきます。そして、「思い描くだけで現実が変わる」という部分は、研究によってむしろ疑問が投げかけられています。
仏教から見た「願い」 — 縁起と、願と行
仏教の見方も、一つの視点として添えておきます。
仏教の根本には、縁起(えんぎ)という考え方があります。すべての物事は、無数の条件(縁)が重なって生じ、条件が変われば結果も変わる、という見方です。この見方に立つと、「願えば叶う」という単純な図式は成り立ちません。願いは、無数の条件のうちの一つにすぎないからです。自分の思いだけで結果が決まるのなら、それは縁起ではなく、自分という一つの原因がすべてを決めるという考えになります。仏教は、そうした「自分の力ですべてを左右できる」という思い込みを、むしろ手放すよう教えています。
ただし、仏教は、願うこと自体を軽んじてはいません。仏教には「願(がん)」という言葉があり、修行の出発点として大切にされてきました。菩薩(ぼさつ。悟りを目指して歩む者)は、まず願を立て、その願に向かって行(ぎょう。実践)を重ねる。願と行は常に一組で語られ、願だけで行のないものは、仏教では空しいとされます。
また、初期仏教の経典では、釈尊が「意志こそが業(ごう。行為とその影響)である」と説いたと伝えられています。どういう心で何を思うかが、行為を生み、行為が次の状況を生む。願いは、この連鎖の起点にあります。ですから、仏教の見方では、「願いに意味はない」のでもなく、「願えば叶う」のでもなく、「願いが行を生み、行が縁を変え、縁が結果を変える」という、一本の流れとして捉えられます。
この見方は、先に述べた心理学の説明と、ほとんど重なっています。注意の向き(願)が行動(行)を変え、行動が機会(縁)を変える。古い仏教の言葉と、現代の心理学の言葉が、同じことを指しているように、私には見えます。
瞑想は、引き寄せの中で何をしているのか
では、瞑想は、この流れのどこに関わっているのでしょうか。私は、二つの働きがあると考えています。
一つは、願いをはっきりさせる働きです。心が騒がしいとき、人は自分が何を望んでいるのか分かりません。周囲の期待、損得、不安、見栄が混ざり合って、本当の望みが見えないのです。瞑想で心が静まると、雑音が減り、底にある望みが浮かび上がります。願いがはっきりすれば、注意も行動も、自然にその方向に向きます。
もう一つは、整った状態で選ぶ力を養う働きです。焦りや恐れから出る選択と、落ち着いた心から出る選択は、違います。瞑想を続けている人は、日常の中でも、一呼吸置いてから選ぶ癖がつきます。その一呼吸が、長い目で見ると、選択の質を変えます。
つまり、瞑想は、願いを叶える魔法ではなく、願いをはっきりさせ、そこに向かう選択を整えるための土台です。私自身、瞑想を続ける中でこの実感が重なり、それを研究して体系化したものが、引き寄せ瞑想法®です。その経緯と考え方は 引き寄せ瞑想法とは — 考案の経緯と原理 に別に書いています。
誇張に注意すべきところ
瞑想と引き寄せをめぐる話には、注意したほうがよい誇張がいくつかあります。
「必ず叶う」「100%」 — 結果は、自分の外の無数の条件に左右されます。必ず、という言葉が出てきたら、距離を置いたほうがよいと思います。
「叶わないのは、あなたの思いが足りないから」 — これは、引き寄せの考え方の中で、最も人を傷つける部分です。病気、事故、家族の不幸といった、本人の思いとは関係なく起きる出来事を、本人の心のせいにしてしまいます。仏教の縁起の見方では、結果は無数の条件によって生じるのであって、本人の思い一つに帰すことはできません。
「瞑想だけで現実が変わる」 — 瞑想は心を整えますが、現実を変えるのは、座っていない時間の行動です。座るだけで何かが変わると信じて行動を止めてしまうと、先に述べたエッティンゲンの研究が示すように、かえって遠ざかることがあります。
「高額な引き寄せ講座」 — 引き寄せをうたって高額な商品や講座が売られることがあります。瞑想そのものは、姿勢と呼吸と雑念の扱いという、ごく素朴な技術です。基本は、このサイトのように、無料で学べる範囲で十分に身につきます。
引き寄せを気にせずに座る、という選択
ここまで読んで、「結局、引き寄せを目的に瞑想してはいけないのか」と思われた方もいるかもしれません。そうではありません。何かを望んで座り始めるのは、自然なことです。
ただ、一つだけお伝えしておきたいのは、瞑想を続けていると、望むものそのものが変わることが多い、ということです。最初は、お金や成功や評価を引き寄せたくて座り始めた人が、座り続けるうちに、「静かに暮らせればいい」「あの人と穏やかに話せればいい」と望むようになる。それは、願いが縮んだのではなく、本当の願いがはっきりしてきた、ということだと思います。
引き寄せを目的に始めて構いません。けれども、座っている間は、引き寄せのことは忘れて、ただ呼吸を数えてください。何かを得ようとして座ると、力が入って、心は静まりません。静まった心から、望みも行動も変わっていきます。順序は、そちらが先です。
康照から、ひとこと
瞑想で願いが叶うか、と聞かれることがあります。
私は、「叶うこともあるし、叶わないこともあります」と答えています。
拍子抜けされることもありますが、それが正直なところです。
ただ、瞑想を続けていると、願いの中身が変わっていく。
これは、はっきり言えると思っています。
欲しかったものが、どうでもよくなる。
代わりに、もっと静かで、もっと小さな願いが残る。
その小さな願いは、不思議と、叶いやすいのです。
大きな願いを引き寄せたのではなく、本当の願いに、自分が戻っただけなのかもしれません。
願えば叶う、とは言いません。
でも、願いを見つめることは、無駄ではないと思っています。
座ると、自分が何を願っているかが、見えてきます。
見えたら、歩けばいい。
そういう順序ではないでしょうか。
よくある質問
引き寄せのために瞑想するのは、間違っていますか。
間違ってはいません。何かを望んで座り始めるのは自然なことです。ただ、座っている間は望みを脇に置き、呼吸に集中してください。得ようとする力が入ると、心は静まりません。静まった心から、望みがはっきりし、行動が変わっていきます。
望むものを思い描く瞑想(ビジュアライゼーション)は効果がありますか。
思い描くことで注意の向きが定まり、行動が変わる、という点では意味があります。一方で、思い描くだけで満足してしまい、行動が減る、という研究報告もあります。思い描いたあとに、「それを妨げているものは何か」「今日できる一歩は何か」まで考えると、思い描くことが行動につながりやすくなります。
「叶わないのは思いが足りないから」と言われ、落ち込んでいます。
その言葉は、受け取らなくてよいと思います。結果は、本人の思いだけでなく、無数の条件によって決まります。病気や不運を本人の心のせいにする考え方は、仏教の縁起の見方とも、心理学の知見とも合いません。落ち込みが長く続く場合は、うつ状態と瞑想 — できること、医療に委ねること も参考にしてください。
引き寄せ瞑想法と、このページの内容は同じですか。
このページは、「瞑想と引き寄せ」という一般的な話題を公平に解説したものです。引き寄せ瞑想法®は、この考え方の上に立って私が考案した瞑想法で、経緯と考え方は 引き寄せ瞑想法とは — 考案の経緯と原理 に別に書いています。方法の内容は公開していません。
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参考文献
- Rhonda Byrne, The Secret, 2006, Atria Books(邦訳『ザ・シークレット』)
- Gabriele Oettingen, Rethinking Positive Thinking: Inside the New Science of Motivation, 2014, Current
- 『増支部経典』(Aṅguttara Nikāya)6.63 決択経(Nibbedhika Sutta)「意志こそが業である」の句


