瞑想をすると、かえって不安や恐怖が強くなることがあります。それは珍しいことではなく、あなたが瞑想に向いていないという意味でもありません。
不安が強まったら、無理に座り続けないでください。目を開け、時間を短くし、歩く瞑想に替えるか、その日は終えます。
それでも強い不安が続く、日常に支障が出る場合は、過度な瞑想をやめ、心療内科などを受診してください。瞑想で対処しようとしないことが大事です。
瞑想で不安が強くなるのはなぜか
「心を落ち着けるために瞑想を始めたのに、座ると不安が強くなる」「目を閉じると怖くなる」「胸がざわざわして息が苦しくなる」。こうした経験をする方は、少なくありません。期待と逆のことが起きるので、戸惑いは大きいと思います。
考えられる理由をいくつか挙げます。
一つ目は、静かになったことで、普段は覆っていた不安が見えるようになったことです。私たちは、忙しさや会話や画面で、心の動きを覆って暮らしています。座って静かになると覆いが外れ、下にあった不安がそのまま出てきます。これは瞑想が不安を作ったのではなく、もともとあった不安が見えた、ということです。
二つ目は、体の感覚に注意が向くことです。呼吸や心臓の鼓動に注意を向けると、普段気づかない体の感覚がはっきり感じられます。それを「何か変だ」と受け取ると、不安が増し、不安がさらに体の感覚を強め、という循環に入ることがあります。
三つ目は、目を閉じた暗がりの中で、過去のつらい記憶が映像のように浮かぶことです。閉眼は内側に向かいやすいぶん、記憶も浮かびやすくなります。
四つ目は、やりすぎです。長時間、あるいは一日に何度も座る、休みなく集中を続ける。瞑想を過度に行うと、心身に強い反応が出ることがあります。仏教ではこれを古くから「魔境(まきょう)」「禅病(ぜんびょう)」と呼んできました。私は、これらを脳が及ぼす反応と捉えています。詳しくは瞑想の危険性 — 魔境・禅病とは何かに書きました。
まず試すこと — 目を開け、短くし、動く
不安が強まったときに、その場でできることを書きます。
- 目を開けます。閉眼で不安が強まるなら、半眼か開眼にします。視覚が働くと、内側の映像や感覚に飲まれにくくなります。1メートルほど先の床に視線を置きます。
- 時間を短くします。20分座っていて不安が出るなら、5分で終えます。不安が出る前に終える長さにして、少しずつ延ばします。
- 注意の置き場を体の外に移します。息や鼓動に注意を向けて不安が増すなら、足の裏が床に触れている感覚、手が膝に触れている感覚、部屋の音など、外側の感覚に注意を置きます。
- 歩く瞑想に替えます。座ってじっとしていること自体が不安を強めるなら、歩きながら足の裏の感覚に注意を置く形にします。やり方は歩く瞑想のやり方に書きました。
- その日は終えます。これらを試しても落ち着かなければ、立ち上がり、水を飲み、窓を開け、別のことをします。「途中でやめた」と自分を責める必要はありません。
これらは、不安と戦う方法ではなく、不安に飲まれない距離を保つための工夫です。不安をなくそうとするのではなく、不安があっても座っていられる範囲を探す、という構えです。
無理に座り続けない
瞑想について、「つらくても座り続けることが修行だ」「不安を乗り越えるまで座るべきだ」と考える方がいます。私は、そうは伝えていません。
不安や恐怖が強い状態で座り続けると、「座ること」と「不安」が結びついて、座ること自体が怖くなります。そうなると、瞑想は続けられなくなります。短くても安心して座れる時間を積み重ねるほうが、長い目で見れば、はるかに瞑想を続けられます。
また、不安は体からの信号でもあります。「今は内側に向かう時期ではない」「今は休む時期だ」という信号を、瞑想の熱心さで押し切ることは勧めません。瞑想は、心を整えるための実践であって、心を試すための試練ではありません。
瞑想で対処してはいけない場合 — 受診の目安
ここからが、このページでいちばん大事なことです。
次のような場合は、瞑想の工夫で対処しようとせず、心療内科や精神科、あるいは心理の専門家に相談してください。
- 瞑想を終えた後も、強い不安や恐怖が長く続く。日常生活や仕事、睡眠に支障が出ている。
- 瞑想のたびに、過去の大きな出来事(事故、暴力、喪失など)の記憶が押し寄せ、体が反応する。
- 現実感が薄れる、自分が自分でないように感じる、という状態が瞑想の外でも続く。
- 不安や気分の落ち込みで、もともと治療を受けている、あるいは受ける必要があると感じている。
- 瞑想を減らしても、やめても、状態が改善しない。
瞑想中や瞑想後に、不安や恐怖、離人感などの望ましくない体験が起きることは、近年、研究でも報告されています。瞑想実践者への調査で、こうした体験が一定の割合で生じること、その一部は長く続くことが示されています。瞑想は多くの人にとって安全な実践ですが、誰にでも、どんな状態でも無条件に適しているわけではない、ということは知っておいてください。
私は、強い反応が出た場合は、過度な瞑想をやめ、酷い場合は心療内科等を受診するよう伝えています。これは瞑想を否定することではありません。瞑想で扱える範囲と、医療に委ねるべき範囲があり、後者を前者で代用してはいけない、ということです。すでに治療を受けている方は、瞑想を始める前、あるいは続けるかどうかを、主治医に相談してください。うつ状態との関係はうつ状態と瞑想で扱っています。
落ち着いてから、もう一度座るとき
不安が収まり、また座ってみようと思えたときの進め方を書きます。
- 短く始めます。3分、5分から。不安が出なかった、という経験を積み重ねます。
- 開眼か半眼で始めます。閉眼は、安心して座れるようになってからで十分です。
- 朝や日中など、気力のある時間帯に座ります。夜、疲れているときは避けます。
- 一人で座るのが不安なら、瞑想会など、人のいる場で座ることも一つの方法です。
- 不安が出たら、前に書いた工夫に戻り、その日は終えます。再開したからといって、乗り越えなければならないわけではありません。
不安が出たことで瞑想が「向いていない」と決まるわけではありません。ただ、今の自分に合う形と量を、慎重に探す必要がある、ということです。合う形が見つかれば、瞑想は不安と付き合う助けになっていくと思います。不安と瞑想の関係全体は不安・緊張と瞑想に書きました。
仏教から見た不安と魔境
仏教では、瞑想の途中で現れる幻覚や強い感情、恐怖や高揚を、古くから「魔境」と呼んできました。禅の伝統では、瞑想中に起きる特別な体験を、よいものであれ悪いものであれ、相手にせず通り過ぎさせることを基本にしています。恐怖も、光も、声も、すべて「境(きょう)」、つまり心に映る現象にすぎず、実体のあるものではない、という見方です。
また、瞑想のやりすぎによる心身の不調を「禅病」と呼び、休息や養生でそれを治すという伝統が、禅にはあります。瞑想は量を増やせばよいものではない、過度な実践は害になる、ということを、仏教は経験として知っていました。中道(ちゅうどう・極端に寄らない道)は、瞑想の量についても当てはまります。
私は、魔境や禅病を、脳が及ぼす反応だと考えています。特別な霊的現象でも、修行の進んだ印でもなく、脳と体が過度な負荷や深い静けさに対して起こす反応です。そう捉えると、対処は明確になります。負荷を減らす、つまり過度な瞑想をやめる。それで収まらなければ、脳と心を診る専門家、つまり心療内科等を受診する。千年以上前の修行者が「休め」と言ったことと、現代の医療に委ねることは、同じ方向を向いていると思います。
密教の修行でも、行の量や進め方は師が弟子の状態を見ながら定めるものとされ、独りで過度に進めることは戒められてきました。これは密教に限らず、仏教の瞑想のどの流れにも共通する知恵です。
康照から、ひとこと
私は、瞑想で不安が強くなった人に、「今日はやめてよいです」と言うことにしています。
不安を乗り越えるまで座ることが、修行ではありません。
むしろ、「今は座る時期ではない」と気づいて、立ち上がることのほうが、修行に近いのではないでしょうか。
魔境も禅病も、脳の反応だと私は思っています。
反応が強いなら、負荷を減らす。
減らしても収まらないなら、医師に診てもらう。
瞑想は、医療の代わりにはなりません。
必要な助けを受けたうえで、また座れる日が来たら、短く座ればよいと思います。
よくある質問
瞑想で不安になるのは、私に瞑想が向いていないからですか
向いていないと決まるわけではありません。静かになって不安が見えた、という段階にいるだけのことが多いです。ただ、今の自分に合う形と量(短く、目を開けて、気力のある時間に)を探す必要はあります。それでも強い不安が続くなら、専門家に相談してください。
目を閉じると怖くなります
閉眼をやめて、半眼か開眼で座ってください。視線を1メートルほど先の床に置きます。閉眼は、安心して座れるようになってから試せば十分です。目の扱いは瞑想中は目を閉じるか開けるかに書きました。
心療内科に通っています。瞑想をしてもいいですか
主治医に相談してください。瞑想が治療の助けになる場合もあれば、時期によっては控えたほうがよい場合もあります。自己判断で始めたり、治療の代わりにしたりしないでください。
瞑想中に、突然パニックのような状態になりました
まず目を開け、立ち上がり、足の裏が床についている感覚を確かめ、ゆっくり息を吐いてください。その日は瞑想を終えます。同じことが繰り返す場合、あるいは瞑想の外でも起きる場合は、心療内科や精神科を受診してください。瞑想で対処しようとしないでください。
関連するページ
参考文献
- Lindahl, J. R., Fisher, N. E., Cooper, D. J., Rosen, R. K., & Britton, W. B. (2017). The varieties of contemplative experience: A mixed-methods study of meditation-related challenges in Western Buddhists. PLOS ONE, 12(5), e0176239.
- Farias, M., Maraldi, E., Wallenkampf, K. C., & Lucchetti, G. (2020). Adverse events in meditation practices and meditation-based therapies: a systematic review. Acta Psychiatrica Scandinavica, 142(5), 374–393.


