引き寄せ瞑想法とは — 考案の経緯と原理

康照の瞑想法

引き寄せ瞑想法®は、私が2016年に考案し、商標登録した瞑想法です。
瞑想を続けるうちに「引き寄せの力が高まった」と実感する場面が多くあり、それを研究し、体系化したものです。
このページでは、方法の手順ではなく、考案の経緯と、「なぜ瞑想が引き寄せにつながると考えるのか」という考え方を、仏教の縁起(えんぎ)を手がかりに、断定を避けて述べます。

引き寄せ瞑想法とは何か

引き寄せ瞑想法®は、瞑想によって心の向きを整え、その整った心から日々の選択と行動が変わっていくことで、望む方向に人生が動いていく、という考え方に立った瞑想法です。私が2016年に考案し、研究と体系化を経て、名称を商標登録しています。

はじめにお断りしておきたいのは、このページは方法の解説ではない、ということです。引き寄せ瞑想法の具体的な手順は、このサイトでは公開していません。ここに書くのは、考案の経緯、「引き寄せ」という言葉をどういう意味で使っているか、そして、なぜ瞑想が引き寄せにつながると私が考えているのか、という三つです。方法そのものよりも、この三つのほうが、瞑想と引き寄せの関係を考える上では大切だと思っています。

「引き寄せ」という言葉は、近年、「強く願えば現実が変わる」「宇宙が願いに応える」といった意味で広く使われています。私が使う「引き寄せ」は、それとは少し違います。願ったものが向こうから飛んでくる、という話ではありません。瞑想によって心が整うと、自分が本当に望んでいるものがはっきりし、それに向かう選択と行動が自然に変わり、結果として、以前なら通り過ぎていた縁や機会に気づき、つかめるようになる。私はそれを「引き寄せ」と呼んでいます。一般的な引き寄せの法則との違いは 瞑想と引き寄せ — 願いが叶うという話をどう考えるか で詳しく扱います。

考案の経緯 — 瞑想を続ける中で気づいたこと

私は瞑想を始めてから、毎日座ることを続けてきました。短い日は10分、長い日は60分、サマタ(止。心を一つの対象に留めて静める瞑想)が中心です。瞑想を始めた動機は、引き寄せとは関係がありませんでした。心臓の手術から生還し、その後の生き方を考える中で瞑想を始めた、というのが出発点です。

ところが、瞑想を続けるうちに、思いがけないことが起きるようになりました。以前なら気づかなかった人との縁がつながる、必要なときに必要な情報が目に入る、迷っていたことが自然に決まり、その決断が良い方向に転がる。そうした出来事が、偶然と呼ぶには重なりすぎている、と感じる場面が多くありました。「瞑想を続けていると、引き寄せの力が高まるのではないか」という実感です。

実感は実感にすぎません。それを人に伝えるには、なぜそうなるのかを自分なりに整理し、再現できる形にする必要があります。私は、瞑想のどういう要素が、心のどういう変化を通して、行動と結果にどうつながっているのかを、自分の実践と仏教の教えを照らし合わせながら研究しました。そうして体系化したものが、引き寄せ瞑想法®です。考案は2016年です。

なぜ瞑想が引き寄せにつながると考えるのか

ここが、このページの中心です。私が考えている原理を、三つの段階に分けて述べます。断定ではなく、私の実践と研究から見えてきた仮説として読んでください。

第一に、瞑想は心の向きをはっきりさせる

人の心は、放っておくと、不安、損得、他人の評価、過去の後悔といったものに、絶えず引っ張られています。その状態では、自分が本当に何を望んでいるのかが、自分でも分かりません。「成功したい」「楽になりたい」と思っていても、それが本心なのか、周囲の期待に応えようとしているだけなのか、区別がつかないのです。

瞑想で心が静まると、雑音が減り、底にある本当の望みが浮かび上がってきます。多くの場合、それは意外なほど素朴なものです。誰と時間を過ごしたいか、何を残したいか、どんな顔で日々を送りたいか。心の向きがはっきりすると、その方向に関係のあるものが、目に入るようになります。

第二に、心の向きが変わると、選択と行動が変わる

心の向きは、行動に先立ちます。何に注意を向けているかが、何を選ぶかを決め、何を選ぶかが、どこに行き着くかを決めます。心が不安に向いていれば、不安を避ける選択を重ね、心が本当の望みに向いていれば、その望みに近づく選択を重ねます。一つ一つは小さな選択です。けれども、毎日の小さな選択が積み重なると、一年後に立っている場所はまったく違ってきます。

瞑想で整った心から出る選択は、焦りや恐れから出る選択とは違います。急いで決めない、無理に取りに行かない、来たものを見きわめてから受け取る。そうした落ち着いた選択を重ねていくと、結果として、良い縁や機会が「寄ってきた」ように見える状態になります。これが、私の言う引き寄せです。

第三に、縁は、こちらの状態に応じて結ばれる

縁や機会は、世の中に常に流れています。ただ、それを受け取れるかどうかは、受け取る側の状態によります。心が騒がしいときは、目の前の縁に気づかず、気づいても疑って手を出せません。心が整っているときは、縁に気づき、信頼して、動けます。瞑想は、縁を作り出すのではなく、縁を受け取れる状態をつくる、と私は考えています。

仏教の縁起から見た「引き寄せ」

仏教には、縁起という考え方があります。あらゆる物事は、それ自体で独立して存在するのではなく、無数の条件(縁)が重なり合って生じ、条件が変われば結果も変わる、という見方です。この見方に立つと、「引き寄せ」は、神秘的な力で何かを引っ張ってくることではなく、自分という条件を変えることで、生じる結果が変わることだ、と理解できます。

仏教はまた、意志(思い)を重く見ます。初期仏教の経典には、釈尊が「意志こそが業(ごう。行為とその影響)である」と説いた言葉が伝えられています。どういう心で、何を思い、何を選ぶかが、行為を生み、行為が次の状況を生む。この連鎖の起点にあるのが、心の向きです。瞑想で心の向きを整えることは、この連鎖の起点を整えることにあたります。

ただし、仏教の縁起は、「自分の思いどおりになる」という教えではありません。むしろ逆で、自分の力だけで結果を左右できるという思い込みを手放す教えです。条件の多くは、自分の外にあります。自分にできるのは、自分という条件を整え、望む方向に向かって選び、動き、あとは縁に任せることです。引き寄せ瞑想法の考え方も、ここに立っています。願えば叶う、ではなく、整えて、選んで、動いて、任せる。その全体を、私は引き寄せと呼んでいます。

引き寄せ瞑想法が目指さないこと — よくある誤解

「瞑想すれば願いが必ず叶う」 — そうは考えていません。叶うかどうかは、自分の外の無数の条件に左右されます。引き寄せ瞑想法が目指すのは、叶う確率を上げる「自分という条件」を整えることであって、結果を約束することではありません。

「お金や成功を引き寄せる方法」 — 引き寄せの対象は、お金や成功に限りません。瞑想で心が整うと、望むものそのものが変わることがよくあります。以前は欲しかったものが、どうでもよくなり、代わりに、静かな暮らしや、人との穏やかな関係を望むようになる。その変化もまた、引き寄せ瞑想法の大切な部分です。

「科学的に証明された方法」 — 証明されたとは言いません。心の向きと注意、注意と行動の関係については心理学の研究がありますが、引き寄せ瞑想法そのものを検証した研究はありません。私の実践と、仏教の教えと、研究を照らし合わせた、一つの体系だとお考えください。

「特別な能力がないとできない」 — 土台は、このサイトの他のページで述べている素朴な瞑想と同じです。姿勢を整え、呼吸を数え、雑念を流す。特別な才能は要りません。

方法の内容を公開しない理由

このサイトは、瞑想に関するあらゆる問いに答える百科事典であろうとしています。それなのに、引き寄せ瞑想法の方法を公開しないのは、矛盾しているように見えるかもしれません。理由は二つあります。

一つは、方法が、考え方と切り離されると誤解されやすいからです。手順だけが一人歩きすると、「こうすれば願いが叶う」という、私の意図と正反対の受け取られ方をします。考え方を理解した上で伝えるのが、この方法にはふさわしいと判断しています。

もう一つは、方法の核にある部分が、私の実践と研究の蓄積そのものであり、文章にして切り売りする性質のものではないと考えているからです。このページで述べた考え方は、どなたにも開いています。考え方に共感した方が、まず自分の素朴な瞑想を続けてくださるなら、それで十分だと思っています。

康照から、ひとこと

引き寄せ、という言葉を、私は少し気恥ずかしく思いながら使っています。
流行の言葉ですし、誤解も多い言葉だからです。
それでも使っているのは、他に、あの実感を言い表す言葉が見つからなかったからです。

瞑想を続けていると、不思議と、物事が整って動いていく。
それは、私が何かを引っ張ってきたのではないと思っています。
むしろ、私が静かになったので、もともとそこにあった縁が、見えるようになっただけではないでしょうか。

願いが叶う、とは言いません。
ただ、自分が何を本当に望んでいるかが分かると、人は、その方向に、自然に歩き始めます。
歩き始めた人には、道が見えてきます。
瞑想は、その最初の一歩を、静かに整える時間だと思っています。

よくある質問

引き寄せ瞑想法は、一般的な引き寄せの法則と同じですか。

考え方が異なります。一般的な引き寄せの法則は、「強く願い、信じれば現実が応える」という説明をすることが多いようです。引き寄せ瞑想法は、瞑想で心の向きを整え、そこから選択と行動が変わることで結果が変わる、という考え方に立っています。願う力ではなく、整える力に重きを置いています。詳しくは 瞑想と引き寄せ — 願いが叶うという話をどう考えるか をご覧ください。

引き寄せ瞑想法のやり方を教えてもらえますか。

このサイトでは、方法の具体的な内容は公開していません。考え方と経緯は、このページに書いたとおりです。土台となる素朴な瞑想のやり方は 瞑想のやり方 完全ガイド と サマタ瞑想(止)とは で詳しく述べていますので、まずそこから始めていただければと思います。

信仰がなくても取り組めますか。

取り組めます。縁起や業といった仏教の言葉を使っていますが、それは考え方を説明するための枠組みであって、信仰を求めるものではありません。心の向きが選択を変え、選択が結果を変える、という部分は、信仰の有無にかかわらず、ご自身の経験に照らして考えていただけるはずです。

瞑想すると、欲がなくなって、何も引き寄せなくなるのではありませんか。

よくいただく問いです。たしかに、瞑想を続けると、以前欲しかったものが欲しくなくなることがあります。ただ、それは欲がなくなったのではなく、本当に望んでいるものがはっきりした、ということではないでしょうか。表面の欲が静まった分、底にある望みに向かう力は、かえって強くなると私は感じています。

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参考文献

  • 『増支部経典』(Aṅguttara Nikāya)6.63 決択経(Nibbedhika Sutta)「意志こそが業である」の句