瞑想は、やればやるほどよいものではありません。やりすぎると、心身に不調が出ることがあります。
不調の兆しが出たら、過度な瞑想はやめてください。日常のなかで行う瞑想は、10分から長くても60分程度で十分です。
不眠や強い不安が続くなど酷い場合は、瞑想の工夫で何とかしようとせず、心療内科等を受診してください。
瞑想に「やりすぎ」はあるのか
あります。瞑想は、ほとんどの人にとって安全な実践ですが、量を間違えると、心身に負担がかかります。
「瞑想は体によいのだから、長くやればもっとよいはずだ」と考える方は少なくありません。熱心な方ほど、1時間が2時間になり、休日は半日座る、という方向に進みがちです。しかし、瞑想は運動と似たところがあります。適度な運動は体を整えますが、休まずに走り続ければ体を壊します。瞑想も同じです。
仏教の伝統は、このことを千年以上前から知っていました。禅では、瞑想のやりすぎによる不調を禅病(ぜんびょう)と呼び、瞑想中に現れる異常な知覚を魔境(まきょう)と呼んで、修行の妨げとして扱ってきました。江戸時代の禅僧・白隠(はくいん)は、若いころの激しい修行で禅病にかかり、その経緯と対処を『夜船閑話(やせんかんな)』に残しています。
このページでは、やりすぎとはどの程度を指すのか、やりすぎると何が起きるのか、どこでやめるべきか、そして安全に時間を延ばすにはどうすればよいかを書きます。魔境・禅病そのものの説明は瞑想の危険性 — 魔境・禅病とは何かに書きましたので、ここでは「量」の問題に絞ります。
やりすぎると何が起きるか
過度な瞑想で起きることは、大きく二つに分けられます。
一つは、瞑想中に現れる知覚や感情の変化です。光や形が見える、音が聞こえる、体が浮く・消えるように感じる、強い高揚に包まれる、逆に強い恐怖や絶望に襲われる。伝統的に魔境と呼ばれてきたものです。
もう一つは、瞑想を終えた後も続く心身の不調です。のぼせ、頭痛、動悸、不眠、食欲不振、気力の低下、神経の過敏、現実感の薄れ。伝統的に禅病と呼ばれてきたものです。
私は、これらを神秘的な現象だとは考えていません。脳が及ぼす反応です。感覚への入力を長時間絞り、注意を一点に向け続けると、脳は通常とは異なる働き方をします。刺激が少ない環境では、脳が自ら刺激を作り出すことがあり、それが幻覚や幻聴として体験されます。集中を続けすぎると覚醒の度合いが上がり、興奮が収まらなくなることもあります。長い内省で、普段は抑えている記憶や不安が表に出てくることもあります。
いずれも、超えてはならない線を超えたときに、体が出す信号です。進んだ証拠でも、選ばれた証拠でもありません。現代の研究でも、瞑想に伴う好ましくない体験についての報告が蓄積されつつあり、その多くは長時間・高強度の実践と関わっています。
どこからが「やりすぎ」か — 時間の目安
やりすぎの線は、人によって、また状況によって異なります。それでも、目安は示せます。
日常生活のなかで行う瞑想は、10〜30分、長くても60分程度で十分です。私自身の毎日の実践も、短い日は10分、長い日で60分です。朝か夜のどちらかに座り、サマタ瞑想(止・一点に心を置く集中の瞑想)を行うことが多いのですが、この範囲を超えて座ることはありません。人生後半を整えるための瞑想に、それ以上の時間は要らないと思っています。
一方で、次のような条件が重なると、やりすぎの領域に入りやすくなります。
- 1日に何時間も座る日が続く。
- 数日のうちに時間を急に何倍にも延ばす。
- 睡眠を削って瞑想にあてる。
- 食事を減らす、断食と組み合わせるなど、極端な条件を加える。
- 「光が見えるまで」「深い境地に入るまで」と、体験を目標にして座る。
- 一人で、指導者も相談相手もなく、長時間の瞑想を続ける。
時間の数字そのものより、「急に」「極端に」「一人で」「体験を追って」という条件のほうが、問題を招きます。1日60分でも、上の条件が重なれば負担になりますし、合宿型の長時間瞑想でも、経験ある指導者のもとで、睡眠と食事が整っていれば、多くの人は無事に過ごします。
やりすぎの兆し — 体が出す信号
やりすぎているかどうかは、次のような兆しで判断できます。一つでも当てはまるなら、量を見直してください。
- 瞑想の後、頭がのぼせたように熱い、あるいは頭痛がする。
- 眠りが浅くなった、寝つけなくなった。
- 食欲が落ちた。
- 動悸や息苦しさが、瞑想の後も続く。
- 日中、現実感が薄い、自分が自分でないように感じる。
- 些細なことに神経が過敏になり、音や光がつらい。
- 瞑想中の体験に強く意味づけをしたくなる。「悟った」「見えた」「特別になった」と感じる。
- 瞑想をしていないと不安になる。瞑想が逃げ場になっている。
最後の一つは見落とされがちです。瞑想が、現実から離れるための手段になっているとき、量はしばしば増えていきます。瞑想は、日常に戻るための実践であって、日常から逃げるための場所ではありません。
対処 — 過度な瞑想はやめる
兆しが出たときの対処は、はっきりしています。過度な瞑想はやめることです。
- 時間を減らすか、いったん中断します。「ここまで積み上げたのに」と惜しくても、やめてください。
- 目を開け、体を動かします。散歩、掃除、人と話すこと。注意を体と外の世界に戻します。
- 睡眠と食事を整えます。不調の土台には、たいてい心身の疲労があります。
- 瞑想中の体験に意味づけをしません。良い体験も悪い体験も、脳が及ぼした反応として通り過ぎさせます。
- 一人で抱えず、信頼できる指導者や、瞑想に理解のある人に話します。
白隠が『夜船閑話』で示した対処も、要するに「頭ばかりを使う行をやめ、体を落ち着かせる」ことでした。頭に上った気を下に降ろす観想法として伝えられていますが、現代語で言えば、過度な集中をやめて、体と日常に戻るということです。千年を超える伝統が出した結論と、現代の対処は、同じ方向を向いています。
そして、酷い場合は心療内科等を受診してください。不眠が何日も続く、不安や恐怖が収まらない、現実感のない状態が続く、日常生活に支障が出ている。こうした場合は、瞑想の工夫では足りません。瞑想は医療の代わりにはなりません。
安全に時間を延ばすには
「それでも、もう少し長く座れるようになりたい」という方もいるでしょう。時間を延ばすこと自体は、悪いことではありません。延ばし方に順序があるだけです。
- 一度に延ばさない。10分で安定して続けられるようになってから15分へ、15分が安定してから20分へ。数週間単位で、少しずつです。
- 延ばした後、睡眠や食欲に変化がないかを見ます。変化があれば、元の時間に戻します。
- 長時間座る日を作るなら、その前後の睡眠と食事を十分にとります。
- 合宿型の長時間瞑想に参加するなら、経験ある指導者のもとで、体調を伝えたうえで行います。初心者が一人で長時間を試すことは勧めません。
- 時間を延ばす目的を、体験ではなく、日常に置きます。「もっと深い境地へ」ではなく、「日常がもう少し整うように」。
もともと不安や抑うつの傾向が強い方、過去に心の病を経験した方、つらい体験の記憶を抱えている方は、量を増やすことで不調が出やすい場合があります。瞑想を禁じるわけではありませんが、一人で長時間行うことは避け、不安が強まったときの対処(瞑想で不安や恐怖が強くなるとき)を知っておいてください。治療中の方は、主治医に相談のうえで行ってください。
仏教はなぜ「ほどほど」を教えたのか
仏教の瞑想は、量を競うものではありませんでした。
釈尊は、出家の初期に激しい苦行を行い、それを捨てたと伝えられています。極端な快楽にも極端な苦行にも偏らない道、中道(ちゅうどう)です。瞑想もまた、この中道のなかに置かれています。やりすぎは、形を変えた苦行です。
密教の観法では、身(からだ)・口(ことば)・意(こころ)の三つを同時に整える三密(さんみつ)が基本に置かれています。体で印を結び、口で真言を唱え、心を本尊に置く。心だけを極端に使うのではなく、体と言葉が心を支える構造になっています。行が師のもとで、決まった次第に沿って行われるのも、一人で極端に走ることを防ぐ知恵の一つだと私は理解しています。これは密教に限った話ではなく、禅でも、上座部の伝統でも、瞑想は共同体と師のもとで行われてきました。一人で量を増やすことへの歯止めが、どの伝統にも組み込まれているのです。
康照から、ひとこと
私は、瞑想を長くできることを、えらいとは思っていません。
10分座って、日常に戻る。
それで、その日は十分だと思っています。
長く座った日のほうが、整っているとは限りません。むしろ、短く座って、よく眠った日のほうが、心は静かなことが多いのではないでしょうか。
瞑想は、積み上げるものではないのかもしれません。
やりすぎたと感じたら、やめてください。
やめることも、瞑想の一部だと、私は思っています。
それでも苦しいなら、医療の力を借りてください。
よくある質問
毎日1時間の瞑想はやりすぎですか
日常のなかで、睡眠と食事が整っていて、不調の兆しがなければ、やりすぎとは言えません。ただし、急に1時間に延ばした場合や、眠りや食欲に変化が出た場合は、時間を戻してください。目安の数字より、兆しのほうを信じてください。
瞑想合宿で何時間も座るのは危険ですか
経験ある指導者のもとで、睡眠と食事が確保され、体調を伝えられる環境であれば、多くの人は無事に過ごします。危険なのは、一人で、極端な条件で、体験を追って長時間座ることです。合宿の後に不調が続く場合は、量を減らし、必要なら医療に相談してください。
瞑想中に光が見えるようになりました。進歩ですか
進歩ではありません。脳が及ぼす反応の一つです。意味づけをせず、息に戻ってください。頻繁に起きるなら、時間を減らしてください。詳しくは瞑想の危険性 — 魔境・禅病とは何かに書きました。
やりすぎの不調は、瞑想をやめればすぐ治りますか
多くの場合、量を減らし、体を動かし、よく眠れば、落ち着いていきます。ただし、不眠や不安、現実感の薄れが続く場合は、「そのうち収まる」と待たずに、心療内科等を受診してください。
瞑想をしないと落ち着かなくなりました
瞑想が逃げ場になっている兆しかもしれません。いったん量を減らし、瞑想以外の時間、散歩や人との会話、体を使うことに意識を向けてみてください。それでも不安が強いなら、一人で抱えず、相談できる人や医療機関に話してください。
関連するページ
参考文献
- 白隠慧鶴『夜船閑話』(江戸時代。禅病とその対処を記した書)
- Tang, Y.-Y., Hölzel, B. K., & Posner, M. I. (2015). The neuroscience of mindfulness meditation. Nature Reviews Neuroscience, 16(4), 213–225.
- Goyal, M. et al. (2014). Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Internal Medicine, 174(3), 357–368.


