瞑想中に眠くなる場合、対処の基本は、目を開けて座ることです。
閉眼で眠くなるなら半眼か開眼に切り替えます。姿勢と時間帯の見直しも効きます。
ただし、仰向けで瞑想しているなら、そのまま寝てしまって構いません。
瞑想で眠くなるのはなぜか
瞑想をすると眠くなる、気づいたら寝ていた、という方は多くいます。これは珍しいことでも、恥ずかしいことでもありません。眠くなる理由は、主に次の三つです。
一つ目は、単純に体が疲れていて、睡眠が足りていないことです。静かに座って目を閉じれば、不足していた眠りが入り込んできます。これは瞑想の問題ではなく、体の正直な反応です。
二つ目は、瞑想によって緊張がほどけることです。日中、私たちは常に何かに注意を向け、体に少し力を入れて過ごしています。座って息を数え始めると、その力が抜け、心身がゆるみます。ゆるんだ状態は、眠りの入口と隣り合わせです。
三つ目は、閉眼の姿勢そのものです。目を閉じると、視覚からの情報が途切れ、脳は「休んでよい」という信号を受け取ります。食後や、暗い部屋や、寝る直前であれば、なおさらです。
仏教では、瞑想中に心が沈んで鈍くなる状態を「惛沈(こんじん)」と呼び、心が落ち着かず散る「掉挙(じょうこ)」と並べて、瞑想の二つの大きな妨げとして古くから扱ってきました。眠気は、修行者が千年以上前から向き合ってきた問題です。
対処の基本は「目を開ける」
私が眠気に対して伝えている基本の対処は、開眼で瞑想することです。
目を閉じると眠りに近づきます。ですから、眠気が出る方は、目を半分開ける半眼(はんがん)か、目を開けたままの開眼で座ってください。半眼は、目を半分開けて、1メートルほど先の床を見ます。開眼は、目を開けたまま、視線を一点に軽く留めます。
目を開けると、「視覚に気が散って集中できないのではないか」と心配する方がいますが、実際には逆のことが多いです。視覚にわずかな注意が留まることで、心が沈み込まず、眠気に飲まれにくくなります。坐禅が伝統的に半眼で行われるのは、この理由によるものです。
瞑想の種類によって、閉眼・半眼・開眼のいずれが適するかは変わります。しかし、眠気が問題になっているなら、迷わず目を開けてください。目の扱いについては瞑想中は目を閉じるか開けるかでも書いています。
姿勢と時間帯を見直す
目を開けても眠い場合は、姿勢と時間帯を見直します。
姿勢については、背骨が立っているかを確かめてください。背中が丸まり、顎が前に出ていると、体は「休む姿勢」に入り、眠気を招きます。坐骨で座面を押し、骨盤の上に背骨、背骨の上に頭が乗る感覚を確かめます。椅子なら、背もたれに寄りかからないようにします(瞑想の正しい姿勢 — 椅子でも床でも)。
時間帯については、食後すぐ、入浴後、寝る直前は眠くなりやすい時間です。可能なら、朝、起きて顔を洗ってから座る時間に変えてみてください。朝が難しければ、夕食の前など、体がまだ活動している時間帯を選びます。私自身は朝か夜に座っています。夜に座るなら、寝る支度の前の、まだ頭が起きている時間が向いています。
部屋の明るさも関係します。暗い部屋で座ると眠気が強まります。薄暗くするより、普通に明るい部屋で座るほうが、眠気の対処としては向いています。
そのほか、座る前に軽く体を動かす、顔を洗う、窓を開けて空気を入れ替える、といった準備も役に立ちます。
仰向けで瞑想しているなら、寝てもよい
ここまでは「座って行う瞑想」で眠くなる場合の対処です。一方で、仰向けの姿勢で行う瞑想もあります。体の各部に順に注意を向けるボディスキャンや、寝る前に横になって行う瞑想などです。
仰向けで瞑想していて眠くなった場合、私は、そのまま寝てもよいと伝えています。
仰向けの瞑想は、もともと体をゆるめることを目的にしていることが多く、その延長で眠りに入るのは自然なことです。「寝てしまった、失敗だ」と考える必要はありません。眠りに入る前の数分間、息に注意を置いていたのなら、それは瞑想でしたし、その後に眠ったのなら、体が必要としていた休息を取ったということです。
ただし、「眠るための瞑想」と「心を鍛えるための瞑想」は、目的が違います。座って行う瞑想で心の働きを養いたいのであれば、座る瞑想は座ったまま、目を開けて行ってください。仰向けの瞑想は、別の時間に、別の目的で行うとよいと思います。寝ながらの瞑想については寝ながら瞑想はできるかに書きました。
眠気が教えてくれること
眠気が続く場合、それは体からの情報でもあります。
毎回眠くなるなら、慢性的に睡眠が足りていないのかもしれません。その場合、瞑想の工夫より先に、睡眠時間を確保するほうが大事です。瞑想は睡眠の代わりにはなりません。
また、仕事や家庭で緊張の多い生活をしている方は、座った瞬間に体が「やっと休める」と判断して、眠りに引き込まれることがあります。これは、それだけ日中に力が入っているということです。眠気を責めるのではなく、「こんなに疲れていたのか」と気づく材料にしてください。
眠気と向き合うことは、自分の体の状態を知ることでもあります。
仏教の瞑想から見た補足 — 「眠気」
一つの視点として、密教の修行の見方を添えておきます。密教の修行は、身(からだ)・口(ことば)・意(こころ)の三つを同時に働かせる三密(さんみつ)を土台にしています。体で印を結び、口で真言を唱え、心で観想する。三つが同時に働いているとき、心は沈みにくくなります。
これは、眠気への示唆にもなります。心だけで何かをしようとすると、心は沈みやすい。体を立て、息を数え、目を開けて視覚を使う、というように、複数の働きを同時に使うと、心は起きていられます。開眼で座ることを勧めるのも、視覚という体の働きを加えて、心を支えるためです。
密教の行法そのものの次第はここで書きませんが、「体と言葉で心を支える」という考え方は、一般の瞑想の眠気対処にそのまま活かせます。
康照から、ひとこと
私は、瞑想中に眠くなることを、叱るようなことではないと思っています。
眠くなるのは、体が休みたがっているからです。
座って眠くなったのなら、目を開けてみてください。
それでも眠いなら、朝に座る時間を移してみてください。
仰向けで眠ってしまったのなら、それはそれで、よい眠りだったのではないでしょうか。
瞑想は、眠気と戦う場ではありません。むしろ、自分の体がいまどういう状態かを、正直に教えてくれる場だと思っています。
よくある質問
目を開けると気が散ります
初めは気が散る感じがしますが、視線を一点に軽く留めて数日続けると慣れます。眠気に飲まれて瞑想にならないより、少し気が散っても起きているほうが、瞑想としては成り立ちます。
瞑想中に寝てしまったら、瞑想した意味はないですか
座る瞑想で寝てしまった場合、寝ている間は瞑想ではありませんが、寝る前に息に注意を置いていた時間は瞑想です。意味がなかったわけではありません。翌日は目を開けて座ってみてください。仰向けの瞑想なら、寝てしまって構いません。
眠くならないために、コーヒーを飲んでから座ってもいいですか
構いませんが、根本の対処にはなりません。目を開ける、姿勢を立てる、時間帯を変える、睡眠を確保する、の順に見直すほうが確かです。
夜寝る前の瞑想は、眠くなるからやめたほうがいいですか
目的によります。寝つきをよくするために横になって行う瞑想なら、眠くなるのはむしろ望ましいことです。心の働きを養う瞑想は、寝る直前を避け、頭が起きている時間に座ってください。


