瞑想は、朝でも夜でも構いません。どちらが優れているという決まりはありません。
正解は「自分が毎日続けられる時間帯」です。朝に座れる人は朝、夜しか空かない人は夜で十分です。
私自身も、朝に座る日と夜に座る日があります。大事なのは時間帯より、毎日同じ頃に座ることです。
「朝がいい」「夜がいい」と言われる理由
瞑想について調べると、「朝一番に行うのがよい」とも「寝る前がよい」とも書かれていて、迷う方が多いようです。どちらの主張にも、それなりの理由があります。
朝を勧める理由は、心がまだ一日の出来事に染まっていないことです。起きてすぐは、仕事の連絡も、人との会話も、まだ始まっていません。雑念の材料が少ないぶん、息に戻りやすい。また、朝に座ると「今日はもう瞑想を済ませた」という安心が一日続き、習慣として崩れにくいという面もあります。
夜を勧める理由は、一日の緊張をほどいてから眠りに向かえることです。夜は時間の制約が緩く、誰にも急かされずに座れる方が多い。日中に溜まったものを、寝る前に一度静かに眺めてから手放す、という使い方ができます。
つまり、朝は「心が静かなうちに座る」、夜は「心を静めてから眠る」という、それぞれ違う役割があります。どちらが上ということではなく、何のために座るのかで向き不向きが変わる、ということです。
朝の瞑想の向き不向き
朝の瞑想が向いているのは、次のような方です。
- 起きてから出かけるまでに、10分の余裕をつくれる方
- 夜は疲れて座ると眠ってしまう方
- 一日の始まりに、心の向きを定めてから動き出したい方
朝の瞑想で注意したいのは、寝起きの体はまだ目覚めきっていないことです。布団から出てすぐに座ると、ぼんやりしたまま時間が過ぎてしまいます。顔を洗う、水を一杯飲む、窓を開けて外の空気を入れる。そうした簡単な動作で体を起こしてから座ると、息を数えることに注意が向きやすくなります。
また、朝は時間に追われやすい時間帯でもあります。「あと5分で出なければ」と思いながら座ると、心は時計のほうを向いています。朝に座るなら、座る時間を先に確保し、その後の予定を少し後ろにずらすつもりで組んでください。
夜・寝る前の瞑想の向き不向き
夜の瞑想が向いているのは、次のような方です。
- 朝は家族の支度や出勤で、自分の時間がまったくない方
- 日中の緊張や考えごとを引きずったまま眠りにつきがちな方
- 寝る前に、一日を静かに終える区切りがほしい方
夜の瞑想でいちばん多いのは、「座っているうちに眠くなる」という悩みです。これは自然なことで、体が休息に向かっている時間帯に、静かに座れば眠気が出るのは当たり前です。
眠気への対処として、私は目を開けて瞑想するように伝えています。閉眼のまま座ると、そのまま眠りに引き込まれます。半眼か開眼にして、少し先の床を見ながら息を数えると、眠気に飲まれにくくなります。それでも眠くなる場合は、座る時間を寝る直前ではなく、夕食後や入浴前など、少し早い時間に移してみてください。
一方で、「寝る前に横になって、そのまま眠ってもいい」という使い方もあります。仰向けで息を数えながら、眠ってしまったら眠ってしまったでよい。これは瞑想として深まるものではありませんが、一日の終わりを整える方法としては悪くありません。詳しくは寝ながら瞑想はできるかに書きました。
時間帯より「同じ頃に座る」こと
朝か夜かより、はるかに大事なことがあります。毎日、だいたい同じ頃に座ることです。
瞑想は、一回の深さより、続くことで働くものです。時間帯が日によってばらばらだと、「今日はいつ座ろうか」と毎回考えることになり、考えているうちに一日が終わります。「起きたら座る」「風呂から上がったら座る」のように、すでにある生活の動作の後ろに瞑想をつなげておくと、迷わずに座れます。
ですから、朝か夜かを決める基準は、「どちらが効果的か」ではなく、「どちらなら毎日同じ頃に10分を確保できるか」です。その答えは、人によって、また生活の時期によって変わります。子育て中は夜しかなかった方が、定年後は朝に座るようになる、ということもあります。
続けるための組み立て方は瞑想を習慣にする方法にまとめています。
仏教の修行における時間帯
仏教の修行では、古くから一日のなかに複数の勤行や坐の時間が置かれてきました。朝の勤行、夕方の勤行、そして夜の坐。朝だけ、夜だけと決めていたわけではなく、一日のなかで繰り返し心の向きを定め直す、という組み立てです。
ここから学べるのは、「朝か夜か」を一度きりの二択として考えなくてよい、ということです。朝に短く座り、夜にも短く座る。どちらか一方が抜けても、もう一方で補える。そう考えると、時間帯の選択はずいぶん軽くなります。
密教の修行でも、一日の行は時間帯ごとに区切って行われます(その次第は伝授に属するもので、ここでは触れません)。一般の瞑想として大事なのは、修行者が「決まった時刻に、決まった場所で、決まった形で座る」ことを千年以上続けてきた、という事実のほうです。時刻を固定することが、心を整える土台になる。これは宗派を問わず、仏教の瞑想に共通する知恵だと思います。
康照から、ひとこと
私は、朝に座る日もあれば、夜に座る日もあります。
短い日は10分、長い日は60分。
どちらの時間帯が深いか、と聞かれると、正直なところ、あまり変わらないと思っています。
変わるのは、座ったか、座らなかったか、です。
朝がいいか夜がいいかを決めることは、瞑想の本題ではありません。
むしろ、「今日はいつ座るか」を考えなくて済むように、先に決めておくことのほうが本題ではないでしょうか。
決めた時間に、ただ座る。
それが続くなら、朝でも夜でも、どちらでもよいと思います。
よくある質問
朝と夜、両方やってもいいですか
構いません。朝に短く、夜に短く座る形は、仏教の修行の組み立てにも近いものです。ただ、両方を義務にすると続きにくくなります。片方を「必ず」、もう片方を「できれば」と決めておくと気が楽です。
寝る前に瞑想すると眠れなくなることはありますか
座ったことで頭が冴えて寝つきにくい、という方はいます。その場合は、寝る直前ではなく、入浴前や夕食後など、少し早い時間に移してください。逆に、座ると眠くなる方は、目を開けて行うか、朝に移すとよいでしょう。睡眠との関係は睡眠・不眠と瞑想でも扱っています。
昼間にしか時間がありません
昼でも構いません。昼休みに3分、席を離れて座るだけでも瞑想は成り立ちます。朝か夜かという話は、あくまで「続く時間帯」を探すための目安です。職場での短い瞑想は職場で3分でできる瞑想に書いています。
毎日同じ時間に座れないときはどうすればいいですか
時刻を固定できないなら、「動作」に固定してください。「起きたら」「帰宅して着替えたら」「風呂から上がったら」のように、必ず行う動作の直後に座ると、時刻が日によってずれても習慣は保てます。


