瞑想を始めて1週間で起きるのは、「心が静まる」ことではなく、「心がこんなに騒がしかったのか」と気づくことです。
落ち着かない、眠くなる、足がしびれる、できているのか分からない。どれも順調な印です。
1週間で目指すのは変化ではなく、7回座ったという事実です。
1週間で「効果」を語れない理由
瞑想を始めた方が1週間目に抱く問いは、たいてい「これで合っているのか」と「何か変わったのか」の二つです。先に答えておくと、1週間は、変化を測る期間ではありません。効果と呼べるものについては瞑想の効果 — 科学が示したこと、示していないことに譲り、ここでは、座った人が実際に出会うことだけを書きます。
出会うことの中身は、驚くほど共通しています。心の騒がしさ、体の不平、眠気、退屈、そして「向いていないのでは」という疑い。初めの1週間は、瞑想が自分を変える期間ではなく、自分の心の現在地を知る期間だと思ってください。
1日目から3日目 — 心の騒がしさに出会う
最初の数日で、ほぼ全員が出会うのが雑念です。息を数え始めた途端に、仕事のこと、家族のこと、さっき見たニュースが浮かび、気づけば数を忘れている。「瞑想とは無になることではないのか」と思うかもしれませんが、雑念が見えるようになったこと自体が、静けさの最初の一歩です。座る前も、心は同じように動いていました。見えなかっただけです。
次に出会うのが、時間の長さです。10分が、思ったよりずっと長い。ふだん私たちは10分間、何もせずに座ることがほとんどないからです。
そして、「できているのか分からない」という疑いが来ます。手応えがないのは、方法が間違っているからではなく、瞑想の手応えが、もともと目立たないものだからです。この疑いとの付き合い方は瞑想がうまくできているか分からないに書きました。
4日目から7日目 — 体と眠気が主役になる
数日たって座ることに少し慣れると、今度は体が声を上げ始めます。足のしびれ、腰の張り、肩のこわばり。姿勢が悪いからではなく、じっとしている時間が、体にとって慣れないことだからです。姿勢は結跏趺坐でも半跏坐でも椅子でもよい、というのが私の方針です。椅子に替えても、足を組み替えても構いません。
眠気も、この頃に強く出ます。座って目を閉じ、呼吸がゆっくりになれば、眠くなるのは体の自然な反応です。眠いときは目を開けて行ってください。半分開けて、少し先の床を見るだけで、だいぶ違います。夜に眠気が勝つなら、朝に移してみるのも一つです。
もう一つ、この週の後半に出てくるのが「一日飛ばしてしまった」という罪悪感です。飛ばした日は数えなくて構いません。翌日、同じ時間に座れば、それで続いています。
この1週間で、変えてよいこと・変えなくてよいこと
1週間のあいだは、うまくいかない理由を探して、あれこれ変えたくなります。変えてよいことと、変えなくてよいことを分けておきます。
変えてよいのは、座る時間帯、椅子か床か、目を閉じるか開けるか、数える数(十まで難しければ五まで、三まででも構いません)です。これらは、自分に合う形を探す調整であって、方法を変えることではありません。
変えなくてよいのは、方法そのものと、時間の長さです。1週間のうちに、呼吸の瞑想から別の瞑想へ、さらに別の流派へと渡り歩くと、どれも深まる前に終わります。息を数える方法は、仏教で数息観(すそくかん)と呼ばれ、古くから初心者の入口として用いられてきました。まずはこれ一つで構いません。時間も10分のままで十分で、延ばすのは1か月ほど続いてからで遅くありません。
2週目に入る前にできることは、記録を一行だけつけること(日付と「座った」の一言で十分です)と、同じ時間に座ることです。続けるための工夫は瞑想を習慣にする方法にまとめました。
各伝統は、この時期をどう見てきたか
初めの1週間に出会うものは、仏教では古くから整理されていました。瞑想を妨げる心の働きを五つにまとめた五蓋(ごがい)という教えがあり、欲、怒り、眠気とだるさ、落ち着きのなさと後悔、そして疑いが挙げられています。1週間目に出会う眠気も、そわそわも、「向いていないのでは」という疑いも、そのまま並んでいます。初心者だけの失敗ではなく、座る人なら誰もが通る門だということです。
禅には「初心」という言葉があり、始めたばかりの心の新鮮さを大切にします。マインドフルネスでも、毎回初めてのように向き合う「初心者の心」が、基本の態度の一つに数えられています。ヨガの伝統は、修練を途切れず続けること(アビヤーサ)に重きを置きます。どの伝統も、最初の時期を「結果が出る時期」ではなく、「向き合い方が決まる時期」として見てきたのだと思います。
康照から、ひとこと
私は、始めて1週間で「静かになった」と感じる必要はないと思っています。
「こんなに考えごとをしていたとは思わなかった」。
そう感じたなら、それは順調なのではないでしょうか。
騒がしさに気づけたのは、静けさがほんの少し育ったからだと思います。
1週間は、変わるための期間ではありません。むしろ、自分の心の現在地を知るための期間です。
7回座れたなら、それで十分です。
6回でも、4回でも、座った日は座った日です。
よくある質問
1週間続けましたが、何も変わりません。やめたほうがいいですか
何も変わらないのが普通です。1週間は変化を測る期間ではなく、座ることに体と心を慣らす期間です。「効果を感じない」という問いには瞑想の効果を感じないのはなぜかで詳しく答えています。
毎日はできませんでした。最初からやり直しですか
やり直しは要りません。飛ばした日は数えず、翌日また座れば、それで続いています。続かない理由と向き合い方は瞑想が続かない理由に書きました。
1週間たったので、時間を延ばしてもいいですか
延ばさなくて構いません。10分を続けるほうが、20分を数日でやめるより先へ行けます。延ばすかどうかは、1か月ほど続いてから考えてみてください。
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