心理職・カウンセラーと瞑想の関わりには、二つの面があります。一つはクライエントへの支援にマインドフルネスなどを用いる臨床利用、もう一つは専門職自身が消耗を整えるための実践です。
臨床利用には MBSR、MBCT、ACT などの体系があり、研究の蓄積がありますが、適用の判断は医療・心理の専門職に委ねられるべきもので、私がその判断に踏み込むことはありません。
このページでは、臨床利用の概略を整理した上で、仏教の側から「聴く人の心を整える」という視点を添えます。
心理の現場に瞑想が入ってきた経緯
瞑想は長く宗教の実践でしたが、1970年代後半、ジョン・カバットジンが医療の場でマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を始めたことをきっかけに、宗教色を抜いた形で医療と心理の現場に入ってきました。MBSR は、仏教の瞑想、特に上座部のヴィパッサナーと禅の要素を土台に、「いまこの瞬間に、判断を加えずに注意を向ける」という技法を8週間のプログラムに整えたものです。
その後、心理療法の側からも、マインドフルネスを取り入れた体系が生まれました。代表的なものを三つ挙げます。
MBCT(マインドフルネス認知療法)。シーガル、ウィリアムズ、ティーズデールが、うつ病の再発予防を目的に、MBSR の構造と認知療法を組み合わせて開発したものです。思考を「事実」ではなく「心の中に浮かんだ出来事」として眺める練習を中心にします。反復するうつ病の再発予防に関して、有効性を示す報告がメタ分析にまとめられています。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)。ヘイズらが開発した行動療法の一つで、不快な思考や感情を取り除こうとするのではなく、それらを受け入れつつ(アクセプタンス)、自分の価値に沿った行動を選ぶこと(コミットメント)を目指します。マインドフルネスは、その中核の技法の一つとして位置づけられています。
DBT(弁証法的行動療法)。リネハンが開発したもので、感情の調節が難しい人を対象に、マインドフルネスのスキルを中核に据えています。
これらは、いずれも瞑想そのものではなく、瞑想の技法を取り入れた心理療法の体系です。実施には訓練と資格が必要で、適用の判断は専門職が行います。
研究が示していること、示していないこと
瞑想やマインドフルネスの効果については、多くの研究があります。しかし、その読み方には注意が必要です。
2014年に JAMA Internal Medicine に掲載されたゴヤルらのメタ分析は、マインドフルネス瞑想のプログラムが、不安、抑うつ、痛みに対して中程度の効果を示したと報告する一方で、効果の大きさは限定的で、他の積極的な治療(運動や薬物療法など)より優れているという証拠は見出されなかったとしています。MBCT については、カイケンらの個人データによるメタ分析(JAMA Psychiatry、2016年)が、反復するうつ病の再発リスクを下げることを報告しています。
これらの研究が示しているのは、「一定の条件のもとで、一定の効果が報告されている」ということであって、「瞑想で心の病が治る」ということではありません。また、研究の多くは、訓練を受けた指導者が、構造化されたプログラムとして実施した場合のものです。一人で動画を見て行う瞑想に、そのまま当てはまるわけではありません。
さらに、瞑想が合わない人、瞑想によって不安や解離が強まる人がいることも報告されています。心理の専門職であれば、ご存知のとおりです。瞑想は万能ではなく、適用には見立てが要ります。この点は、瞑想を伝える側からも、はっきりと述べておきたいと思います。瞑想の効果 — 科学が示したこと、示していないこと と うつ状態と瞑想 — できること、医療に委ねること をご覧ください。
専門職の判断を尊重するということ
私は瞑想を教え、研究してきた者であり、心理の専門職ではありません。瞑想を実践と研究の側から伝えることはできますが、どのクライエントに瞑想を勧めるべきか、どの段階で導入するべきか、どのような場合に避けるべきかという判断は、医療・心理の専門職の領域です。
このサイトでも、瞑想を「治療の代わり」として勧めることはしません。うつ状態や強い不安、トラウマの記憶が活性化している状態の方に、専門職の見立てなしに瞑想を勧めることは、危険を伴います。瞑想中に浮かんできたものを一人で抱えることになるからです。
私は一般社団法人 仏教補完代替医療機構で各種の瞑想法の研究や講義に関わっていますが、そこでも、瞑想は医療行為ではなく、診断や治療に代わるものではないという立場は変わりません。「補完」とは、治療を補うという意味であり、治療を置き換えるという意味ではありません。心理職の方が瞑想を扱う際も、この線引きは共有していただけるものと思っています。
専門職自身のための瞑想 — 聴く人の消耗
もう一つの面、すなわち専門職自身が瞑想を行うことについて述べます。
カウンセラーや心理職の方々の消耗は、看護・介護の現場とは少し質が違います。相手の語る苦しみを、評価せずに受け止め続ける。自分の感情が動いても、それを面接の中に持ち込まない。面接が終わった後も、相手の言葉が残る。こうした「聴くことの消耗」は、体の疲れとは異なり、休んでも抜けにくいものです。
また、専門職は、自分の内側で起きていることを観察する訓練を受けています。それは強みですが、同時に、「観察しているから大丈夫」という形で、自分の消耗を見過ごす落とし穴にもなります。
瞑想は、面接と面接のあいだに、「相手の話を抱えたままの自分」を一度降ろす時間になります。方法は、特別なものである必要はありません。面接の前後に、3分、椅子に座り、吐く息を数える。浮かんでくる相手の言葉を、消そうとせず、「浮かんだ」と気づいて、息に戻る。これだけです。看護師・介護職のための瞑想 に書いた「勤務の前・途中・後」の手順は、心理職の方にもそのまま使えます。
ただし、面接で扱った内容が、瞑想中にくり返し浮かんで苦しくなる場合は、瞑想を続けるのではなく、やめてください。それは、瞑想で処理するものではなく、スーパービジョンや同僚との対話、ご自身のカウンセリングで扱うものです。瞑想は、専門職の支え合いの仕組みの代わりにはなりません。
仏教から見た「聴く人の心」
仏教の側から、一つの視点を添えます。
仏教の観(ヴィパッサナー)は、浮かんでくる思いや感情を、「良い」「悪い」と判断せず、「生じて滅するもの」として観る練習です。これは、心理職の方が面接で行っている「評価せずに聴く」姿勢と、構造の上でよく似ています。違いは、向ける先です。面接では相手に向け、瞑想では自分に向けます。
この二つは、互いを支え合います。自分の内側で生じては消える思いを、日々観ていると、相手の語る思いも、「生じて消えていくもの」として、少し距離を置いて聴けるようになります。巻き込まれにくくなる、と言い換えてもよいかもしれません。逆に、相手の思いを評価せずに聴く訓練は、自分の内側を観る力にもなります。
もう一つ、仏教の慈悲の瞑想(メッタ)には、順序があります。まず自分の幸せを願い、次に身近な人、関わりのない人、苦手な人へと広げていきます。自分を飛ばして他者に向かう慈悲は長く続かない、という知恵が、この順序には込められています。聴くことを仕事にする人ほど、この順序が逆になりがちです。瞑想は、その順序を少しだけ戻す時間になると思っています。慈悲の瞑想(メッタ)とは をご覧ください。
よくある誤解
心理職なら瞑想の指導もできる。マインドフルネスを臨床で用いるには、MBSR や MBCT の指導者訓練など、それぞれの体系に応じた訓練が求められています。心理の資格があることと、瞑想を指導できることは、別のことです。逆に、瞑想の指導者であることと、心理的な支援ができることも、別のことです。
瞑想を勧めれば、クライエントは楽になる。瞑想は、人によっては不安や解離を強めることがあります。導入の可否は、見立てにもとづいて判断されるものです。
仏教の瞑想と臨床のマインドフルネスは同じもの。技法の中核は共通していますが、仏教の瞑想は戒・定・慧の枠組みと、無常・無我という目指すべき洞察を含みます。臨床のマインドフルネスは、それらを省いて、技法を取り出したものです。どちらが上ということではなく、目的が違います。瞑想とマインドフルネスの違い で述べています。
康照から、ひとこと
私も、人の話を聴く仕事をしています。
葬儀や法要の場で、ご遺族の言葉を聴きます。
言葉にならない沈黙も、聴きます。
その日の夜、座っていると、昼間の言葉が浮かんできます。
私は、それを消そうとはしません。
浮かんだ、と気づいて、息に戻ります。
聴く人は、聴いたものを、どこかで一度降ろさなければ、次の人の前に座れないのではないでしょうか。
瞑想は、その「降ろす場所」なのだと思っています。
心理職の方々は、私よりずっと重いものを聴いておられるはずです。
だからこそ、降ろす場所を、持っていてほしいと思います。
よくある質問
クライエントに瞑想を勧めてもよいですか。
その判断は、心理の専門職であるあなたの見立てに委ねられるものです。瞑想を伝える側から言えるのは、瞑想が合わない人もいること、不安や解離を強める場合があること、そして構造化されたプログラムと一人で行う瞑想は別物だということです。
MBSR と MBCT の指導者になるには、仏教を学ぶ必要がありますか。
それぞれの体系が定める指導者訓練に従うのが基本で、仏教の学びは必須ではありません。ただし、技法の由来を知ることは、技法を深く理解する助けになります。関心があれば、仏教の瞑想を学ぶことは妨げにはならないと思います。
心理職が自分のために瞑想するとき、どの方法がよいですか。
特別な方法は要りません。面接の前後に、3分、吐く息を数える数息観で十分です。面接の内容が瞑想中にくり返し浮かんで苦しくなる場合は、瞑想ではなく、スーパービジョンや同僚との対話で扱ってください。
仏教の瞑想を、宗教色なしで臨床に用いることはできますか。
すでに MBSR などがそれを行っています。仏教の側から見ても、瞑想の普遍的な部分が現代の言葉で広がったことは喜ばしいことです。ただし、技法だけを取り出すと「何のために注意を向けるのか」という問いが残ります。その問いに、臨床の目的で答えるのが心理療法であり、生き方の問いとして答えるのが仏教だと思っています。
関連するページ
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- 看護師・介護職のための瞑想
- 慈悲の瞑想(メッタ)とは
- 瞑想で不安や恐怖が強くなるとき
参考文献
- Kabat-Zinn, J. (1990). Full Catastrophe Living. Delacorte Press.(邦訳『マインドフルネスストレス低減法』北大路書房)
- Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D. (2002). Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Depression. Guilford Press.
- Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (1999). Acceptance and Commitment Therapy. Guilford Press.
- Goyal M, Singh S, Sibinga EMS, et al. “Meditation Programs for Psychological Stress and Well-being: A Systematic Review and Meta-analysis.” JAMA Internal Medicine, 2014.
- Kuyken W, Warren FC, Taylor RS, et al. “Efficacy of Mindfulness-Based Cognitive Therapy in Prevention of Depressive Relapse: An Individual Patient Data Meta-analysis.” JAMA Psychiatry, 2016.


